役員は、従業員とは異なり様々な権限を持ちます。そもそも企業との契約関係から違っていますし、立場も異なります。そして、その分企業に与える影響の度合いも大きく、法律上様々な義務が課されています。
ここでは特に「退職後の取締役」の競業避止義務に着目し、どのような行為が問題となるのか、といったことを解説していきます。
目次
在任中の取締役には競業避止義務が課される
まずは、取締役に課される法律上の義務について解説しておきましょう。
従業員とは異なる立場であることから、「競業避止義務」および「忠実義務」、「善管注意義務」が課されているのが特徴的です。
競業避止義務は、「自分自身のため、あるいは第三者のために、自社と同種事業にあたる取引をしてはいけない」という義務のことです。
取締役は顧客情報から営業上の秘密など、様々な重要な情報を知ることができる立場にあります。競業を禁止しておかなければ容易に企業へ損害を与えることができてしまうため、法律上このように義務が課されています。しかしながら、自社に認められている場合にまで制限をする必要はありませんので、自社の承認を受けていれば当該取引も可能となります。
また、企業に忠実に仕事を遂行する義務も課されています。当たり前のことではありますが、法令や社内ルール等を遵守するためにこの忠実義務が明示されています。
さらに、これと関連しますが「善良な管理者としての注意を払い仕事を遂行する」こと(善管注意義務)も求められます。委任契約に基づいて企業との関係性を築いていることに由来しており、故意のないミスでも責任を負う可能性があるということを意味します。
退職後も取締役は競業避止義務を負う?
前項で紹介した義務に関しては、別途取り決めを交わすことなく自動的に発生します。しかし、その義務は在任中であることを前提としています。
そこで退職した者についてはどうなるのでしょうか。以下で確認していきましょう。
原則、退職後に競業避止義務は負わない
退任・退職した後でも競業避止義務を負うのか、という問題ですが、原則として退職後の取締役は競業避止義務を負いません。
それ以前、在任中に企業に対し強い権限を有していたとしても、関係性を離脱し、当該企業における取締役でなくなったのであれば、もはや競業避止義務は負いません。その後どのような事業を営もうがその者の自由です。
企業としては、元取締役に対して、当たり前にこの義務があるものとして考えないように注意しなければいけません。
例外的に競業避止義務違反と評価されるケースもある
原則は前項の通りですが、例外もあります。
実際、競業避止義務違反を認めた例があります。
以下のようなケースでは、退職後でも委任契約に付随する義務として問題となることがあります。
- 在任中、顧客の引き抜きをしていた
- 在任中、従業員の引き抜きをしていた
- 在任中、競合他社とその後の取引について計画を練っていた
ただ、これらの行為が常に禁止されると捉えてはいけません。従業員の引き抜きがあったとしても、それが大勢であるなど、悪質と捉えられなければ不法行為とはなりません。他の行為についても、それが悪質で、社会的相当性を逸脱したものと評価されることが一つの基準となります。
引き抜き等があったとしても、職業選択の自由が保障されていることから即座に不法行為とみなすことはできないのです。慎重に判断し、行為の態様であったり、行為が行われた時期であったり、諸般の事情に照らして評価することになります。
逆に、不法行為と認められれば、企業はその者に対して損害賠償の請求が可能となるでしょう。
退職後も競業避止義務を課すには合意が必要
上の例は、何ら対策を講じていないときの話です。別途、誓約書等により禁止しておけば、もっと色んなパターンに対応して競業を防ぐことが可能です。この点、退職後の従業員に対する競業避止義務と同じと言えるでしょう。
合意内容が社会的に相当で、代償措置が設けられているなど、合理的であると評価できる場合には有効になります。
どこまでの制限が許容されるのか、一義的に示すことはできませんので、安易に誓約書を作らないことが大事です。
従業員に対する競業避止義務、義務を課す方法に関してはこちらのページでも触れていますので、参考にしてください。
逆に、取締役を雇い入れでは義務の有無確認が大切
ここまでは自社の取締役が退職した後の話をしていましたが、逆に、他社で取締役として活動をしていた者を雇い入れるときにも注意は必要です。
雇い入れた後で、前職の企業とトラブルになる可能性があるからです。そのため、その者が競業避止に関する合意をしていなかったかどうかを確認すべきです。合意をしていた場合には、制限されている内容を詳細に把握しなければなりません。そして、大切なのはこれら一連の確認を雇い入れの前に実施するということです。
取締役の場合、一従業員と異なり競業の遂行によって与える影響は大きくなりやすいです。そのため自社を出ていく者、自社へ入ってくる者、いずれにしても競業避止義務に関してはよく注意して取り扱わなければなりません。