賃金が未払いのままだと従業員の負担になるだけでなく、企業にとっても好ましくありません。コンプライアンスの観点からも解消すべき問題ですし、将来を見据えると大きなリスクを抱えることにもなってしまいます。特に近年、未払い賃金に関連する法改正もなされており、よりそのリスクは大きくなっているといえます。
以下では企業がどのようなリスクを抱えることになるのか、解説していきます。
目次
残業代請求権の時効が伸びた
従来、未払い残業代があった場合、2年間の消滅時効にかかるとの運用がなされていました。未払いが続いていても、本来の支払期日から2年が経過すれば時効の援用により請求権を消滅させられていたのです。
しかし民法の大幅な改正に伴い労働基準法等も整備され、結果として、未払い残業代に関する請求権は5年の消滅時効にかかるようになったのです。当分の経過措置として3年が設定されてはいるものの、それでも改正前より期間が延びています。
なお伸びたのは残業代に関してのみではありませんので、基本給などの一般的な賃金の未払いがある場合でも同様の消滅時効期間に係ります。改正に関しては以下のページで詳しく解説していますので参考にしてください。
残業代未払いによって企業が抱えるリスク
従業員に時間外労働をさせた場合、企業は残業代を支払わなければなりません(労働基準法37条1項)。これは使用者の義務です。
第三十七条 使用者が、第三十三条又は前条第一項の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の二割五分以上五割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。ただし、当該延長して労働させた時間が一箇月について六十時間を超えた場合においては、その超えた時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の五割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=322AC0000000049
そして時間外労働の場合、一定時間内なら通常の時給で良いものの同法32条の規定を超える残業に関しては通常より1.25~1.5倍の割増賃金で支払わなければなりません。つまり残業時間分の賃金を支払っていても、割増までされていなければ残業代は未払いということになってしまいます。
以下ではこの未払いにより企業がどのようなリスクを被るのか、挙げていきます。
刑罰の適用
上記労働基準法37条の違反は、同法119条規定の罰則が適用されます。
第百十九条 次の各号のいずれかに該当する者は、六箇月以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する。
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=322AC0000000049
一 ・・・第三十七条、・・・の規定に違反した者
つまり、「最大6ヶ月間懲役刑に科される」か「最大30万円の罰金が科される」ことになります。そしてこの罰則の対象は役員に限定されません。同法に違反した者が対象であるため、処罰範囲は広いです。
遅延損害金・付加金の支払い
前項の刑事責任に加え、民事上の責任追及をされる可能性もあります。なぜなら罰金を命じたところで従業員にお金が支払われるわけではないからです。従業員は自らの未払い賃金分を求め、裁判を起こすことが考えられます。
そして訴訟が提起され企業が敗訴すると、「遅延損害金」および「付加金」の支払いが命じられることがあります。刑罰の罰金程度であれば企業として大きな痛手とはなりませんが、こちらは金額も大きく、複数の者から訴訟を起こされると倒産に追い込まれるおそれも出てきます。
なお遅延損害金に関し、退職以後の未払い残業代に対し年14.6%で遅延利息がつくと法定されています。裁判で対立するほど結論が得られるまで時間がかかり、1年ほどかかることも珍しくないため、よりリスクが高まってしまいます。
付加金は裁判所の裁量で命じられるもので、最大、未払い分2倍の金額の支払いが命じられます。
誰か一人の提起をきっかけに訴訟が多発することもあり、日常的に賃金に関して杜撰な管理がされている会社だと数千万円もの支払いを求められること十分に起こり得ます。
労働基準監督官による捜査・逮捕
刑罰を科される可能性があると説明しましたが、実情として罰金刑や懲役刑が科される例はそれほど多くはありません。そして前項の民事訴訟も、訴訟手続には相当の負担がかかるため従業員も簡単には提起しません。
ただ、訴訟にまで発展しなくても従業員が労働基準監督署に駆け込み、申告をすれば、労働基準監督官による処分がなされる可能性はあります。そうすると是正勧告等を受けることになりますし、場合によって送検もあり得ます。
是正勧告等に強制力はないものの、労働基準監督官には限定的に警察官と同様の権限が認められていますので(労働基準法101条、102条)、捜査を受け、最悪逮捕の可能性もあるでしょう。
(労働基準監督官の権限)
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=322AC0000000049
第百一条 労働基準監督官は、事業場、寄宿舎その他の附属建設物に臨検し、帳簿及び書類の提出を求め、又は使用者若しくは労働者に対して尋問を行うことができる。
② 前項の場合において、労働基準監督官は、その身分を証明する証票を携帯しなければならない。
第百二条 労働基準監督官は、この法律違反の罪について、刑事訴訟法に規定する司法警察官の職務を行う。
社会的信用の喪失
罰金や民事訴訟による金銭の支払いを受けても、その金額によっては事業にそれほど大きな影響を与えないこともあるでしょう。
しかしこの場合の最も大きなリスクは「社会的信用の喪失」にあります。法令に準拠せず、コンプライアンス体制が整っていないことが世間に知れ渡れば、一般の消費者のみならず取引先からも信頼を失ってしまいます。
結果として売り上げが落ちてしまったり、取引が上手く成立しなくなったり、といった損失を被ることになってしまいます。
未払いの残業代を清算してコンプライアンスを徹底しよう
以上で説明したように、未払いの残業代を抱えるのは大きなリスクであると評価できます。
未払い分を超える支払命令など金銭的なリスクのみならず、信用を失うというリスクも抱えるからです。しかも時効期間が延長されたことにより、請求を受け得る期間も伸びています。
これらリスクを解消するため、できるだけ未払いの残業代は清算するようにし、労務管理を適切に行うなど、コンプライアンスを徹底するようにしましょう。